宇野港フェリーターミナル整備事業

宇野港フェリーターミナル整備事業への参画

宇野港再開発事業(1994〜2006)の一環で、当時、日本全国で第2位の輸送量を誇っていたフェリーのターミナル建設が求められ、離島航路を運営している2社から弊社と社屋を兼ねた施設を作らないかと相談を受けました。当初は、岡山県が全ての港湾設備を整備する予定でしたが、財政難でフェリー各社が自前のターミナルを建設することが求められたとの事でした。

制限された予算で必要十分な施設を作るには、弊社の出資が有用と考えたようでしたが、自分としては、長年お世話になっている親会社からの提案に首を横に振るわけには行きません。まず、叩き台を作るよう指示された自分は、東京で雑誌の編集に携わっていた頃にお世話になったカメラマンに建築家を紹介していただき、基本計画を作成。彼と共に、国や岡山県にプレゼンを行うと同時に、本四フェリー航路を運営している2社にも計画に加わるように説得しました。

結果的に歩行者と車両の導線を明確に分離するボードウォークやテラスを持つ施設が2002年9月に日の目を見たのですが、その途上では、フェリー会社同士の狐と狸の化かし合いのような状況もあり、建築家が施工の管理から外されたり、弊社も当初の計画から「放逐」される事になりました。この案件について振り返ると、自分の身の程知らずにゾッとします。能力のない者が、やる気だけで行動に移しては、骨折り損の草臥れ儲けどころか、周囲に迷惑を掛けるだけですから。

宇野港フェリーターミナル整備事業の画像
フェリーより離島航路発着場を臨む。